ひな祭りでした

確定申告に追われて3/3(火)の昼間にあわてて出しました

ひな人形を早く片付けないと『嫁に行くのが遅れる』なんて昔は云われてましたけど

とっくに嫁になってるんで明日あたり片そうかな

何十年も前にカニ君が買ってくれた紙製のお雛様

 

私は二卵性双生児(双子)に産まれて相方は男(弟)で血液型も異なる

体格も性格も顔も似てないから双子に見られる事はほとんどなかった

貧乏な家で双子だったもんで

公立幼稚園の抽選に落ち幼稚園に行ってない

お歌もお遊戯も全くできず小学1年の通信簿で音楽だけB(ABC評価だった)

おふくろの子守歌で美空ひばりと民謡は歌えたんだけどね

それでオッカサン私を近所の音大生の所にピアノを習わせに連れて行った

家に楽器が無いから紙の鍵盤を渡され運指を習った

どうやら母にとって『ピアノ』は夢のまた夢だったらしい

あーんな貧乏な暮らしにピアノなんて全く似合わないのに

 

そんな事より服を買って欲しかった

体格の良かった弟の下着のパンツ

チンチンの穴を縫い合わせ お下がりではかせられた

田舎の従妹のお下がりを着させられた

つぎはぎは当たり前

子供は3枚以上着なくていい

って冬はいつも震えてた

たまに買ってくれたスカートは足首まで大きいサイズ

胸の上まで釣り上げて何年も着られるように

ちょうどよいサイズになる頃にはヨレヨレボロボロ

家が貧乏だから仕方がない

子供心にそう思った

友達の家に飾ってある3段飾りとか5段飾りのひな人形

うらやまして うらやましくて

うらやまし過ぎてお呼ばれするのが嫌だった

家に小さな鯉のぼりはあった

でもひな人形どころか人形の類は何もなかった

おままごとには欠けた茶碗や捨ててある瓶など

オモチャは何もなかった

リカちゃん人形を着せ替えてる友達が眩しかった

欲しかった

とっても欲しかった

家が貧乏だから仕方がない

聞き分けの良い子供だった私は 親に何もねだった事が無い

結局 両親が亡くなるまでただの1度も物を乞いた事無く終わっちまった

 

私は料理の講師なんかやってテレビの料理番組なんかにも出たりして

フードコーディネーターみたいな仕事が長かったけど

海苔巻きを作るのが苦手

大抵の料理はそこそこ完璧に作れるのに

巻き寿司だけはめったに作らないし不格好

母が1度も作らなかったからだとも思える

いや

母も作れなかったんじゃないかな

母は私より貧しい子供時代だったはず

生後2か月で母親を亡くしてる

母親の愛情を知らずに育った人だから

多分あれが精いっぱいだったのかも

思えば穴の開いた靴下のツギハギ手仕事は買うより大変

袖の短くなったセーターに別の毛糸でつぎ足すのは面倒な作業

ボロだろうとみすぼらしかろうととにかく着せてくれた

おかずはいつも貧しい1品だけだったけど

弁当はご飯と漬物だけだったりしたけど

とりあえず食べさせてくれた

普通に育った

 

今も自分で買ったピアノがあって たまには弾いている

母のおかげだ

野菜や乾物の煮物が上手だった

ぬか漬けがおいしかった

料理が得意なのも母の血かもしれない

 

子供の頃に欲しかった何段飾りのひな人形は手に入らなかったけど

カニ君の買ってくれた小っちゃなひな人形は必ず出して

今の幸せに感謝

死ぬまであまり仲良くなれなかった母にも謝意を

そんな私のひな祭り

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