レジェンドサーファー坂本昇さんの悲報を聞きました
辻堂でサーフショップを経営されていた方で
ロゴマークの『イーグル(鷲)』がかっこ良かった
ほとんどの方は辻堂のサーフショップ『パイプライン』を覚えてらっしゃると思いますが
最初は自宅兼ショップが松浪地下道の近くにありました
1977年3月
自動車整備工の19歳になったばかりの若い男
もらったばかりの給料袋を握りしめ
高卒で働き10か月前にローンで買った中古車に乗り
サーフィンをやっている友達から訊いたその店を訪ねて行きました
夜8時ごろ
店にはシャッターが下りてたので
仕方なく2階自宅用のインターホンを押した
出てきた真っ黒に日焼けした強面の男が坂本さんだった
坂本さん「なんだ!なんの用だ」
若い男「サーフボード買いに来ました」
坂本さん「そーか そんなら店開けるから」
店内には20本余りのショートボードが並び
若い男はキラキラ輝くサーフボードをドキドキしながら見渡した
坂本さん「どんぐらいやってんだ?」
若い男「これからサーフィン始めたいんです」
坂本さん「そーか・・・んなら」
ずらっと並んだサーフボードの一番右端にあった2本の板の所に行き
坂本さん「これからやんなら俺が売れる板はこれだけだ!
こっち側の板が欲しけりゃ他の店に行け」
坂本さんが示したのは少し長く厚みもある板が2本
こっち側の板と言ったのは派手な色柄で示された板より小さかった
若い男「じゃあ(2本の内の)こっちのを売ってください」
それから男は給料袋と明細書を見せて
「でも俺ウェットスーツとかも買えないんで分割にしてもらえませんか?」
坂本さんは快諾して「何回で払えんだ?」
3回払いで毎月末に持参すると答えると
「んじゃぁここに住所と名前書いて」
それで割賦払いの契約終了
古き良き時代だった
男は坂本さんから買った板で休みの日にサーフィンした
週休2日なんて夢のような時代
毎日朝から晩まで油だらけ埃だらけで働き
日曜日だけが若い男の唯一の楽しみだった
分割払い1回分の残りの金で買ったロングジョン(袖無し長ズボンタイプのウェットスーツ)
若い男は冬になってもロングジョンで震えながらサーフィンした
1年が過ぎ若い男は小さな大会に出た
3位になった
「俺 才能あるかも」
NSAの湘南支部戦(昔はそういうのがあった)パドルレースの鎌倉支部第一走者に選ばれた
プロを目指す人やテストライダーに混ざり必死でパドリングした
ビリだった
「俺才能ないかも」
そうこうしながら男はサーフィンを続けた
何年も
何十年も
その男は言う
「あの時坂本さんがあの板を売ってくれなかったら今俺はサーフィンしてない」
サーフィンに人生を傾けた人ならわかるでしょう
初めての板は肝心
サーフィンを続けるもくじけるも
上手くなるもろくに乗れずに終わるも
最初はたくさん波に乗る事だけ考えればいい
とにかく乗りやすい板に乗ればいい
パドリングしやすい板でいい
ここいらでたまに見かける中途半端にヘタウマなお父さん
小さな子供だからビンビンのショートボードでいいと思ってる人
坂本さんは違った
わかってらした
その若い男が乗れる板を
その男がサーフィンに情熱を持ち続けられるために必要な最初の板をチョイスされた
グーフィースタンス(右足が前)のその男は
バリ島のウルワツ(左に長く崩れる波が特徴)が気に入り
毎年ボーナスを貯めドロップアウト(老舗サーフショップ)のツアーに参加した
マメ増田という当時のプロライダーと親しくなった
バリ島ツアーの4~5年目だった
ウルワツのコーナー(波が巻いてシフトするポイント)で
ヘタクソなくせに果敢にアタックしてパーリングしまくる女の子に出会った
男「彼女!そこでテイクオフは危ないよー!もっとこっち側においで」
日頃は無口でナンパとは程遠い男がおもわず声をかけた
その女の子は嫁さんになった

その男は今『マメ増田サーフィンスクール』のオーナーで
サーフボード修理の達人
カニ君です
嫁は私(マサエ)です
15年ほど前
DOVEウェットスーツ35周年記念パーティーでの事
坂本さんのテーブルに行き
30年以上昔に板を購入した旨を話し
カニ君「坂本さんが選んでくれた板のおかげで今もサーフィンしてます」
あの時初心者に向かない板を買ってたら今の自分はない
大真面目に頭を下げた
「ありがとうございました」
坂本さんは照れてらしたが
パーティーのお開きの際に笑顔で手を振ってくれた
私はイーグルのロゴに憧れ
1982~3年だったかな
その頃の私にはかなりの金額だったけど真っ赤なトレーナーを買った
私の立場では詳細はタブーですがその後の事もあり坂本昇さんは『怖い人』という認識でしたが
坂本昇さんの存在がなければ私達夫婦は出会ってなかったかもしれない
サーフィンスクールをやるなんてありえなかったかもしれない
少なくともカニ君のサーフィンの礎になった事は間違いない
人生が偶然なのか必然なのかはこの歳になってもまだわかりません
それでも
坂本昇さんに感謝
ただただ感謝
サーフィンの真髄を極めたサーファーの
ご冥福をお祈りいたします
当時の情景が目に浮かびます。
最高なブログ、ありがとうございます。
姉と別れた後ののーちゃん(ショップオーナーなんかになる前、ボードのtester だった頃、そう呼んでいました)の様子がわかって、嬉しいです。ホントに子供の面倒なんか見ずに、サーフィンしか頭になかった、のーちゃん。私は尊敬してました。ご冥福をお祈りします❣